導かれた方向への第一歩

本22日午後3時から、7月1日に就任した山北宣久院長を交えた初めての理事会が開かれました。前回のこのブログで私たちは7月1日以後の理事会をあえて「新理事会」と呼びたいと書きました。「新理事会」はまず神のみ旨を聞くことから始める事を望みます、とも書きました。そして今日の理事会は非常に大きな決断を下しました。松澤理事長が理事としての任期が9月で終了するに際し、理事として再任することを否決したのです。 。。。
本22日午後3時から、7月1日に就任した山北宣久院長を交えた初めての理事会が開かれました。前回のこのブログで私たちは7月1日以後の理事会をあえて「新理事会」と呼びたいと書きました。「新理事会」はまず神のみ旨を聞くことから始める事を望みます、とも書きました。そして今日の理事会は非常に大きな決断を下しました。松澤理事長が理事としての任期が9月で終了するに際し、理事として再任することを否決したのです。

私たちはこの2ヶ月間、人智を越えた導きの御手に守られていることを肌身に感じていました。山北院長ご自身が就任式で「サプライズ人事」であると仰いました。何故でしょう。山北氏に院長就任を懇願したのは他ならぬ松澤理事長でした。さらに阿佐ヶ谷教会の大村牧師や狛江教会役員の井田昌之氏を新しく理事に依頼したのも同じく松澤氏でした。人の知恵と神様の知恵の圧倒的な距離に驚かないわけにはいきません。

青山学院がようやく建学の精神の示す方向に舵を大きく切ったことになります。どちらに向かっているのか分からず、漂いながら失敗を重ね、多くの人が傷ついていた現実からようやく正しい方向を向くことができました。どのように讃美の歌を叫びましょうか。どのように感謝の言葉を申し上げましょうか。神様の摂理にただただ頭を垂れるのみです。

さて、私たちはこのことをどのように受け取るべきでしょうか。確かに私たちは人智を尽くしてきたと思います。人それぞれに一生懸命祈りつつ働いてきたと思います。私は院長就任式で青山学院に奉職している方々が精一杯の努力をされ、祈りつつその日を迎えたことを感じていました。就任式はオルガンの前奏で始まりましたがその曲はヘンデルの “Dank sei dir Herr” 「主に感謝せよ」でした。これには出エジプトの救いと恵みを讃える歌詞がついているそうです。まさしく今日の理事会は「出エジプト」ではなかったでしょうか。オルガニストに始まり会場整備に携わった多くの職員の方々の心の中に院長就任式を待ちわびていた気持ちを感じました。そして就任式の中で最も重要な「誓約」については当日の未明まで心を尽くした準備があったことを知りました。就任式の当日に限らず私たちは毎日それぞれに甕いっぱいの水を注いでまいりました。今日それが最高級の葡萄酒に変わりました。久しく待ちわびた新しい院長のために、そして青山学院のために葡萄酒が整いました。カナの婚姻(ヨハネによる福音書2章)の時と同じように神様が手をさしのべてくださり奇蹟が起きたのです。すべて神様がお膳立てして下さっています。私たちも喜んで祝杯に預かろうではありませんか。

その上で、もう一度へりくだって、私たちに与えられてきた試練のことに思いを馳せたいと思います。私たちが反省しなければならないことの一つ一つを吟味しておかねばならないと思います。どのような隙があったのか、どのような油断があったのか、心の中に奢りがあったのではないか、それが不信仰のための裁きであったのではないか、等々。私はあえてこの2年間だけの試練とは思いません。さかのぼれば青山学院から神学部が消え、青山学院教会さえも追い出してしまった苦い歴史についても私たちの信仰との関わりの中でとらえ直し、青山学院がどこで道を踏み外したのか、問い直す必要を感じます。

幸いにも、この「守る会」には青山学院を愛し続けている大先輩や、それぞれの分野での識者が大勢いらっしゃいます。それぞれの時代の歩みを見つめ直し、二度と同じ過ちを繰り返さないことを心に誓いたいと思います。もし、それができないならば、「出エジプト」の後に40年の苦難の放浪があることを聖書は教えています。

今日のこの日を、青山学院にとっても、「守る会」にとっても新しい門出の日であることを、心引き締めつつ、感謝して受け取りたいと思います。