再び「新理事会」に期待して

既にお知らせしたとおり7月1日、ついに私たちは新しい院長をお迎えしました。そして22日の理事会では現理事長が9月末日で任期が終えることに際し、その再任が否決されました。「守る会」が発足して3ヶ月の間の変化の大きさに驚きます。発起人は勿論、多くの賛同者の方々の熱心な祈りと支えのお陰であると心からお礼申し上げます。

「就任の辞」で山北院長は「青山学院は、主イエスが私たちに仕えてくださったゆえに、私たちも仕え合うのだということが原点になっています。」と述べられました。そしてこの主題は最後まで一貫していました。結びの言葉を「『主よ、憐れみて、しもべを御栄えのために用い給え』と祈りつつ、院長就任の辞とさせていただきます」と結ばれました。 。。。
既にお知らせしたとおり7月1日、ついに私たちは新しい院長をお迎えしました。そして22日の理事会では現理事長が9月末日で任期が終えることに際し、その再任が否決されました。「守る会」が発足して3ヶ月の間の変化の大きさに驚きます。発起人は勿論、多くの賛同者の方々の熱心な祈りと支えのお陰であると心からお礼申し上げます。

「就任の辞」で山北院長は「青山学院は、主イエスが私たちに仕えてくださったゆえに、私たちも仕え合うのだということが原点になっています。」と述べられました。そしてこの主題は最後まで一貫していました。結びの言葉を「『主よ、憐れみて、しもべを御栄えのために用い給え』と祈りつつ、院長就任の辞とさせていただきます」と結ばれました。

私は「新理事会」が祈りの中でお一人お一人がご自分の良心に従って行動されたことを信じます。人間としてどのような見識や判断をお持ちであっても、すべては御栄えのため、神と人とに仕える心が求められています。そしてこのことは理事、監事にとどまらず青山学院に奉職するすべての教職員にも求められていることだと思います。9月末日まで現理事長は任期を全うする責任がありますが、理事会の信任と期待に正しく応えて頂きたいと思います。そして理事会は一致して院長を支える責任があることに目覚めて頂きたいと思います。

私は22日の理事会で奇跡が起きたと書きました。すべてのお膳立ては人智を越えたものであったと思います。人の思いを越えて、むしろ人間のたくらみさえ利用して、隅の親石を重んじ、小さな切り株からさえ若葉を茂らせる力を見せて下さいました。9月末日まで、表面的には大きな変化は無いかも知れません。しかし底流においては、はっきり流れは主の導きの下に変わりました。幸い夏休みに入りましたし、小さい園児や生徒さん達はご家庭の温かさの中でしっかり守られることでしょう。再び幼稚園、学校が始まるときは必ずや元のように明るく楽しく、先生方とも友達とも遊びまた学ぶ事ができると確信しています。セカンダリーでも大学でも事態の認識がはっきりと進んでいるようです。目覚めつつあること、目覚めることができることの素晴らしさを感じます。今、青山学院が主の導きの下、目覚め始めています。なんと素晴らしい恵みでしょうか。感謝の他どんな言葉もありません。

そのような環境を作ることこそが理事会に求められていることです。理事会は一致して院長を支えることが求められていることは以前にも書きました。そしてそれを守ってきたことが青山学院の伝統です。それは「寄附行為」で決められているからそうするのではなく、設立の時からの生きた伝統です。そのことをもう一度繰り返しますが、山北新院長は「青山学院は、主イエスが私たちに仕えてくださったゆえに、私たちも仕え合うのだということが原点になっています」とお述べになりました。理事も院長も「仕え合う」のです。そして「仕え合う」姿勢の教育が青山学院の教育の原点です。これは一見キリスト者に求められ学ぶべき事のように思われますが、青山学院で学んだ多くの方々がいつの間にか身につけている教育の成果ともなっているのではないでしょうか。この「守る会」にはキリスト者でない方々からもそのような声が多く寄せられています。青山で学んだことを感謝しているとの声です。洗礼は受けていないけど畏敬の念を持ち、人を愛し奉仕する心をはぐくまれたことに感謝を述べていらっしゃるのです。

再び、感謝の祈りを捧げたく存じます。「守る会」の多くの方々の祈り、学内の悲痛な叫びをお聞き届け下さった導きの主に心から感謝を捧げたく存じます。