蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい

「守る会」をお支え下さっている方々、この夏は格別の熱さが続きますが皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。既にご承知の方も多いことと思いますが、8月28日の夕刊フジの3面に「青学院長ラブホ動画」と題し山北院長と若い女性のツーショット写真が載りました。23日夜山北氏は青学大の男性教授と六本木の飲食店で会食、その店に女性2人が入るところから動画撮影がはじまり、4人が退店したあとの二組のカップルの様子が取材撮影されそれをもとにした記事となっています。ところが。。。
「守る会」をお支え下さっている方々、この夏は格別の熱さが続きますが皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。

既にご承知の方も多いことと思いますが、8月28日の夕刊フジの3面に「青学院長ラブホ動画」と題し山北院長と若い女性のツーショット写真が載りました。23日夜山北氏は青学大の男性教授と六本木の飲食店で会食、その店に女性2人が入るところから動画撮影がはじまり、4人が退店したあとの二組のカップルの様子が取材撮影されそれをもとにした記事となっています。

ところが、この記事の執筆者自身、「気になるのはこの動画が撮影された経緯。というのも、女性が最初の店に入店する場面から最後の別れまで、実にタイミング良く先回りして撮影されているのだ。撮影者はまるで、女性の行き先をあらかじめ知っていたかのような映像だ。」と記載しています。つまり女性がらみのゴシップを演出し撮影を指示した者が背後に居ることは明らかです。青山学院関係者の話として、「撮影の状況などを見ると、山北氏の学外での活動に反発する勢力が撮った可能性が高そうです。」との談話も付け加えてあります。

これが仕組まれた罠であることは皆さんも直ぐお判り頂けると思います。さて実際はどのような状況だったのでしょうか。知り得た限りでは男性教授と会食した席での会話はごくありふれたものであったようです。ひとあたりお話が済んだところで問題の女性達の登場となります。その後は前述のストーリーとなりますが、知らない人同士の会席ではないところに突然前述の、院長には全く面識のない、後から考えれば明らかに仕組まれた女性が出現したわけです。なんとも不思議で予測も想像もできない手の込んだ策略が仕組まれていたことになります。

私はこの策略は院長に対する個人攻撃的な次元のものとは考えていません。これは青山学院の名誉を誹謗する謀略だと考えます。そしてそれはまさしく私どもが営々と積み重ねてきた「建学の精神を守る」ことへの謀略であるとも受け取っています。この謀略を計画した人は、私どもが祈りながら求めてきたこと、そしてそれが奇蹟を伴ったような恵みによって達成されたことについて深く思いを寄せるべきであります。言い換えるならば私たちが積み重ねてきた行為に対する不遜な挑戦であると受け止めざるを得ません。それはまさしく天につばしていることを知ることになるでしょう。

聖職者をはじめ教会関係者もそして教育関係者も「人を見たら泥棒と思え」の世界とは正反対の世界にいます。そのため、いわゆる「脇が甘い」のは避けられないことかもしれません。事実「脇が甘い」との叱責の言葉も聞かれます。青山学院の教育も「人に尽くしなさい」とは教えても「人を疑え」とは教えません。しかし今回の事件は「蛇のごとく賢くあれ」(マタイ10:16)との教訓を呼び覚ましました。山北院長ご自身もこの経験を賢く生かしていきたいとのお考えであると伺いました。

そして、当然のことですが、院長ご自身はこの件について調査をする権限をお持ちです。一方院長を補佐する立場から、理事長にもこの件とその背景について徹底的に調査し院長に報告する責任と義務があります。院長に同行した教授他女性を含む多数の関係者から調査範囲は自ずと明確になることでしょう。調査委員会が必要なら透明性と信頼性のある委員で構成されることを望みます。そして速やかに真相を発表し世間の疑惑を晴らす必要があります。重ねて申しますが、これは山北氏一個人に対する誹謗ではなく青山学院に対する大きな犯罪であると考えるからです。このような事件が二度と生じないように私どもとしても注意深く見守っていきたいと思います。同時に根拠のない流言飛語の類には充分注意し、これに惑わされない賢さを身につけたいと思います。

「建学の精神を守る」ことが私たちの目的でしたが、このようなことに振り回されて何とも残念で悲しいことです。いったん「エデンの園」から出たからにはこの世の現実と向き合うことも大事な事かもしれません。皆さんしっかり目を見張り、腰に帯して邪悪と戦おうではありませんか。

追伸:
8月28日から既に一週間近く、この事実をどのように皆さんにお伝えしたらよいのか迷っていました。しかし、このことは新学期が始まれば、いずれ多くの方々が耳にされることでしょうし、その時どのように判断すべきか、その判断の一助になればとの思いから重い筆を執ることにしたものです。ご参考になれば幸いです。