青山学院を愛するが故に

10月1日午後2時からガウチャー記念礼拝堂で第16代理事長半田正夫氏の就任式がありました。嶋田順好学院宗教部長の司式、堀井美和子大学オルガニストの前奏で礼拝として始まりました。聖書朗読と祈祷はシュー土戸ポール学院宣教師で、就任について「半田正夫新理事長に力を与え、主にある誠実な勇気と、主による慈愛に満ちた心で、この学院の指導者として立つことができるように導いてください。」 
10月1日午後2時からガウチャー記念礼拝堂で第16代理事長半田正夫氏の就任式がありました。

嶋田順好学院宗教部長の司式、堀井美和子大学オルガニストの前奏で礼拝として始まりました。聖書朗読と祈祷はシュー土戸ポール学院宣教師で、就任について「半田正夫新理事長に力を与え、主にある誠実な勇気と、主による慈愛に満ちた心で、この学院の指導者として立つことができるように導いてください。新理事長を支え、守り、また理事長とともに学院を支える理事や、他の執行部の方々を祝福してください」と、祈りを献げられ、さらにその祈りの中でフランチェスコの「平和の祈り」を引用されました。ご存じの方も多いと思いますが次のような祈りです。

  主よ、わたしたちをあなたの平和の道具にしてください。
  憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
  争いのあるところにゆるしを、
  分裂のあるところに和解を、
  疑いのあるところに信仰を、
  誤りのあるところに真理を、
  絶望のあるところに希望を、
  悲しみのあるところに喜びを、
  闇のあるところに光をもたらすことができますように。
  主よ、わたしたちに、
  慰められるよりも、慰めることを、
  理解されるよりも、理解することを、
  愛されるよりも、愛することを求めさせてください。
  わたしたちは与えることによって受け、
  ゆるすことによってゆるされ、
  自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。

続いて嶋田学院宗教部長が「誓約」を執り行い、半田氏に「あなたは青山学院16代理事長に選任されたことを神のみ旨であると信じ、主の栄光のために、その身をこの職にささげる覚悟がありますか。あなたは、主の賜う恵みによって、青山学院理事長としてふさわしい言行をなし、この務めを忠実にはたすことを約束しますか」という問いかけがあり、半田氏は「神と会衆の前で謹んで約束します。」と仰られました。

この後、山北院長が「式辞」を述べられました。「産みの苦しみを経た末の新理事長の就任だけに深い感慨と大いなる感謝を覚えます。」と冒頭に述べられた後、このような決定を下した青山学院に連なる者として新理事長とともに歩む決意を誓われました。

さて、半田正夫新理事長の「就任の辞」はどのようなものだったのでしょうか。
冒頭の言葉は次の通りです。
「わたくし半田正夫は、本日をもって伝統ある青山学院の理事長に就任することになりました。ノンクリスチャンのうえに青学出身者でもない私ごとき者が理事長に就任するということは、青学にとっては前例のないことで、非常に緊張しています。そしてそれと同時に、そのような者を理事長に選出する青学の懐の深さに感動をおぼえております。」
続けて、
「ただいま学院宗教部長の嶋田先生の誓約の言葉のなかに、『あなたは青山学院16代理事長に選任されたことを神のみ旨であると信じ、主の栄光のために、その身をこの職にささげる覚悟がありますか。あなたは、主の賜う恵みによって、青山学院理事長としてふさわしい言行をなし、この務めを忠実にはたすことを約束しますか』という問いかけがあり、私はそれに対し、神様と皆様の前でそれを誓いました。」

その後ご自身の経歴を述べられ40年間に及ぶ青山学院との関係をお話になりました。

前理事長松澤氏との関係については
「私は、松澤体制を支えてきたひとりです。松澤氏が日本興亜損保の社長から青山学院の理事長に就任する際に社長室を訪れ、理事長に就任したら全面的に支えると申してきた経緯からすると、松澤氏が引退したいま、私も引退すべきは当然だとは思っております。しかし、松澤理事長の掲げた目標、それの実現に向けた実行力と熱意はいままでの本学院の執行部にはかつてなかった素晴らしいものでありましたが、最近一年ほどは暴走ぶりが目立ちはじめ、私はじめ他の常務理事もことあるごとに諌めてまいりましたが、圧倒的な迫力の前に押し切られ、そのためにあちこちでトラブルが発生し、それらが未処理のまま残されております。私は松澤体制を支えてきた一員として、これらを正し、本来の姿に戻す責任があると考え、あえて火中の栗を拾う覚悟で理事長の職をお引き受けした次第です。したがって私は、理事としての残り期間である2012年の3月まで務め、その後は後進の有為な人材に席を譲りたいと考えております。この一年半の問、私はわたしなりに最大限の努力をしたいと考えております。」
と正直に述べられ、続けて、
「その際の判断の基準は、つねに、それが神様のみ旨に適っているか、それが青学にとっていい結論であるか、この一点に置き、公正無私に務めたいと、思っております。」

その後若干、具体的な抱負を述べられ、詳細については式後改めて事務職員へ教育現場(教学)をサポートする姿勢についてお話しする会を開くとのことでした。

以上が「理事長就任式」の概略のご報告です。
青山学院が多くの教職員の前で「理事長就任式」を執り行うことは珍しいことです。そのため開催の数日前になっても、どの範囲の方々にお呼びかけするのか決まらない状態でした。前例にこだわらず開催したことになります。その点に私は青山学院が最後まで悩み抜いた決断があったのだと感じています。式後、何人かの参列者にお話を伺いましたが、どなたも「大変な時期なのです」と皆さん言葉少なく多くを語る人はありませんでした。


さて、私ども「建学の精神を守る会」としては、新体制を支えるエールを送ると共に、学院を愛するがゆえに次の事項を指摘しておく必要を感じます。
  1. 再び「理事の定員」について寄附行為違反が生じたこと。
    寄附行為を守ることは「守る会」 の当初からの要望でした。そして4月30日法人執行部はこのウェブサイトの資料にもあるとおり、寄附行為を守ると内外に表明しました。しかし今回の処置によってその第7条について再び違反することになりました。この違反が生じることは、7月22日の理事会で松澤氏の理事再任を否決したときから分かっていたことでした。至急キリスト者理事を補充し、理事会の成立要件が満たされることを要望します。理事長はじめ理事会は寄附行為を忠実に守り、その上で建学の精神に則った議事が行われることを切望します。
    【第7条第6項 理事の過半数はキリスト教信者でなければならない。】
     
  2. 寄附行為において理事長の資格条件としてキリスト者であることは定められてはいませんでした。しかしこれまで青山学院の歴史の中では、すべての理事長はキリスト者でした。それが当然であるし自明のことであるとの認識がありました。院長同様、理事長もキリスト者であることを寄附行為の中に明確に記載すべきだとの議論が以前からありましたが、今回の人事はこれを無視したことになりました。大変残念なことです。 新理事長在任中であっても、建学の精神を守るための「寄附行為」の望ましい改正は粛々と行われるべきだと考えます。
     
  3. 半田新理事長は「就任の辞」の中で、松澤体制の中にあったことについて、はたして反省の言葉を述べられたのでしょうか。「これらを正し、本来の姿に戻す責任があると考える」ことと反省の言葉を述べることとは違います。まして謝罪の言葉ではありません。半田氏以外の常務理事の中にも松澤体制を支えたことについて共同責任はあるのです。その方々からの反省と謝罪の言葉をお聞きすることは無理なのでしょうか。

その他の多少のことは省略します。上記の指摘の3で、私は「反省」とか「謝罪」という言葉を使いました。しかし私が本当に望みたい言葉、青山学院にかかわる人間として本当は発せられるべき言葉は悔いあらための「懺悔の言葉」であると言ったら酷でしょうか。人間の能力を誇示しようとして前松澤体制は決定的な間違いをしたと考えています。半田新理事長がその意味での能力的後継者であったとしたら再び同じ過ちを犯すことになるのではないでしょうか。キリストに対するへりくだった心からの再出発が求められているのだと私は考えています。山北院長は院長就任の辞で、キリストにならい「仕え合う」ことを繰り返し強調されました。「私は間違えていました」と言う言葉は、誰に対して言っているのかが問題であるし大切なのだと思います。

私は理事長就任式に出席し、壇上の方々は勿論ですが会場の皆さんも真剣に何かを求めている空気を感じていました。守る会の会長としては上記のように多少厳しい意見を述べさせて頂きました。母校を愛するが故に、そしてその先に希望の願いをもつ故の言葉としてお許し下さい。そして今、私としての結論をどのように表明すべきか苦しみながら次のような心境に達していることをお伝えしたいと思います。

4月に始まった私たちの歩みは、当初誤解や偏見によって叩かれました。それが思いもかけないような、奇蹟とも思われる導きによって視界が開けました。院長が与えられ、寄附行為も守られる見通しが立ちました。

私は7月31日のブログに書いた次の文章を思い出しています。多少現時点での言葉に置き換えてあります。
 「私は『新理事会』が祈りの中でお一人お一人がご自分の良心に従って行動されたことを信じます。人間としてどのような能力や判断をお持ちであっても、すべては御栄えのため、神と人とに仕える心が求められています。そしてこのことは理事、監事にとどまらず青山学院に奉職するすべての教職員にも求められていることだと思います。新理事長は理事会の信任と期待に正しく応えて頂きたいと思います。そして理事会は一致して院長を支える責任があることに目覚めて頂きたいと思います。」

主がここまで導いて下さったことを信じ、その先の道が更に明確に示されることを祈ります。新体制を支え心からのエールを送りたいと存じます。学院を愛し、祈りを共にし、苦しみさえ共にして先に進みたいと思います。たとえそれが人間の目には不十分であってもです。今は苦しみの果ての「出エジプト」の直後です。愚痴ばかりこぼした選民はその後40年もの間荒野をさまようことになりました。このきわめて強烈な故事を私たちが忘れたとき青山学院の明日は本当に消えてしまうのではないかと思います。私たちに必要なことはともに仕え合い、信じ合う仲間として苦労を共にすることではないしょうか。