建学の精神と校友の責任

皆様お久しぶりです。この「建学の精神を守る会」が発足してはや一年余、当初の目的は形式的には一応達成したのでこの辺りで解散しても良いかと、大勢の方々に伺ってまいりましたが皆さん異口同音に「これからが本番だ」とおしかりに近い言葉が返ってきます。東日本大震災のこともあり、学内の方々は多忙を極めています。そして何よりも山北院長はじめ良識ある理事の方々の奮闘で最大の危機は一応乗り切った状況にあります。勿論すべてが正常化したわけではありませんし希望や願いは山ほどあります。しかし「守る会」としては内政干渉は控えたいと思いますし、幸い「早くブログを」との声も少なく、それをいいことに少しご無沙汰が続きました。申し訳ありません。

この「守る会」が多くの声に支えられていることは折にふれ書いてまいりました。中でも校友、しかも何代にも亘る卒業生の愛校心にはどれほど励まされ支えられたことでしょうか。青山学院の特色の一つは、幼稚園だけ卒園した人も、初等部だけの人も、中等部だけの人も、そしてどの学部・学校を卒業された方も、それぞれ一人の校友として平等に尊重されていることです。そして母校に限りない愛着を感じ、ある者は後輩の指導に汗を流し、母校の行事には率先して協力する土壌があります。しかし、これらすべての校友が属する「青山学院校友会」のことになると意外に知られていないようです。そこで今回は「建学の精神を守る」ためにも校友会の役割がいかに大切であるかを確認しておきたいと思います。

青山学院の校友会の特色を考えるときこれを支える同窓会の存在を無視できません。私自身は高等部同窓会にかかわっていましたので、恐縮ですが高等部同窓会のことからお話ししたいと思います。
この高等部同窓会の特色は新制高等部の設立と深く関わっていると考えます。戦後の学制改革により青山女学院にルーツを持つ女子教育の名門である女子部と、戦前からの男子高等部が鼎立(ていりつ。法的には三つの学校が消滅し、三名の部長の協議があったそうです。)して共学の高等部が誕生しました。これは二つの文明の出会いのようなものであったようです。塀越しに相手の学校や生徒を見てもいけないほど距離があったものが一つになったのです。この出会いでは双方の先生方に第三の文明を創り出すほどの熱の入れようがあったそうです。当然のことながら一期生は創造に満ちた自由闊達な気風の中に育ち、これを引き継ぐ二期生以下が校風を作り続けたのです。

校風が作り出したものはいろいろありますが、その一つはキリスト教教育の成果、二つ目は率先した奉仕活動であったといっても過言ではないと思います。それぞれ青山学院の伝統の中で培われたものが立派に実を結んでいるのです。卒業生の中から牧師やこれを支える夫人が何人輩出したことでしょうか。私の同学年だけで牧師4名、牧師夫人1名がいて、中には今回の大震災で牧師に成長されたご子息と共に被災した親友もいます。私自身も同窓会のお手伝いをしたことがありますがその時の経験は私の人生に大きな影響を与えました。高等部同窓会事務局には常に何人かのボランティアが詰めていますが、当時の副会長のKさんは大の料理好きでした。学校行事で合宿があれば進んで料理作りに参加していましたが、ある年の暮れのこと急に呼び出されて信州白馬の合宿に年越しの奉仕に出かけていきました。予定していた調理師の都合が付かなかったので恩師でもある家庭科の先生の苦境を察してのことのようでした。お正月を楽しみにしていたご家族の協力にも頭が下がる思いをしたことを覚えています。もう一つは卒業生名簿のことです。やはり同じ頃、同窓会名簿は一人の天才ともいえるEさんの頭の中にありました。既に一万人は越えていたはずの卒業生の氏名、卒業年度、住所等々が彼女の頭からすらすら出てきますのでこの方が居ないと卒業生名簿の管理は出来ませんでした。丁度パソコンが普及し始めましたので会長の決断でパソコンを導入したのですが、彼女のプライドと記憶のすべてがパソコンに乗り移るのには時間もかかりましたが、その母校に協力する姿勢と熱意は現在もしっかりと引き継がれています。2011年3月末現在で高等部の卒業生は59年間で26,680名、永眠者を除く実会員数は25,722名ですがその住所の判明率は94.0%という驚異的なものです。学校の誰に頼まれたのでもなく、卒業生のことは自分たちで運営する、必要があればいつでも学校に協力するという姿勢です。 高等部同窓会と同じように大学各学部・学科の同窓会、女子短期大学同窓会、中等部同窓会「緑窓会」、初等部同窓会「くすのき会」、幼稚園同窓会「いとすぎの会」も互いに密接に連携していることは先輩後輩の関係もあって当然かもしれませんが、学校との連絡協調や在校生への支援も必要充分に行われています。そのような歴史が生き生きと継承されているのです。

このように各学校の同窓会活動が安定して一定の成果を上げていることにようやく学校法人が気づいてくれた時期があります。あるとき、突然のことでしたが「大木院長の発案で間島記念館に同窓会室を設けるから要望を出せ」とのことになりました。間もなく記念館の2階に高等部と中等部の同窓会室と校友会事務局がドアや仕切りも真新しく真っ白な部屋が完成しました。その時ほど、学校は全力を挙げて校友を大切にしようとしているのだと思ったことはありません。そして校友が母校に対し大きな責任を担っていることを重く受け止めた記憶が今でもはっきりしています。学校法人と同窓会や校友会は正しい緊張関係の中で、車の両輪のようでなければなりませんが、このことは双方の限りない努力が必要であることは申すまでもないでしょう。

さて校友会全体の話に進みます。実は校友会の組織が現在の姿となったのはそれほど古いことではありません。このブログをご覧になる方の中には、以前の社団法人時代の校友会の思い出を持つ方も多いかと思います。当時総会には多士済々の老若男女が和やかに集まり久しぶりの会話に花が咲く雰囲気がありました。先輩後輩の珍しい顔に会えるのは楽しいことでしたし、恩師とも子弟の壁を越えて音信が確かめ合える貴重な時でした。校友の全員が会員でしたから誰が出席しても良いわけですし、出席者の全員に投票権がありました。しかしどのような決議にも穏やかな許し合いの気持ちがあふれていましたので参加して良かった、楽しかったとの気持ちがありました。総会でとげとげしい議論が出た記憶は一度もありません。

2006年3月に「公益法人制度改革関連3法案」が閣議決定されましたが、これに先立って、校友会が「社団法人」として生き残れるのか、生き残ることが良いのかという議論が始まっていました。議論の結果、「社団法人青山学院校友会」を解散し、法人格無き社団の「青山学院校友会」として2005年4月1日再発足しました。当然のことながら新しい組織がどうあるべきか、定款作りにも当時の役員は真剣に取り組みましたし、大勢の会員がこれに協力したことはいうまでもありません。その際、学校法人青山学院の歴史を学び直すこと、その運営の基礎となる「寄付行為」(学校規則)を根底から理解しその精神に則ることから作業を始めたのです。その結果一番の特色は、幼稚園から大学院までの各学校を等しく尊重するという基本方針が確認されました。これは幼稚園や初等部やその他のいわゆるセカンダリーの各学校が、大学の付属ではないという総合学園青山学院の歴史的な特色を反映しています。すべての卒業生に一票を与えますと巨大な大学の卒業生に校友会が飲み込まれてしまいます。一番小さな幼稚園にも何票かの地位を与える配慮をしたのです。このことを理解しないとき、巨大な大学の卒業生は一票の格差に不満を持つことになります。単純な数の上の平等だけではないのです。

幼稚園、初等部、中等部、高等部、女子短期大学、大学各学部・学科のそれぞれの同窓会活動は、互いに顔の見える環境の中で、それぞれ活発な同窓会活動を行っています。そのような日頃の活動の中で切磋琢磨している役員や委員達は、同窓会活動を通じて校友会活動のあり方、学校当局との健全な関係作りに心を用い、豊富な経験を身につけて育つことが出来ます。目下、新しく生まれ変わってから三代目の校友会長が選出されようとしている段階ですが、望むらくはこのような同窓会活動の経験者で、事務局員やスタッフのもとで充分に鍛え込まれ叩きあげられて育ったような方が選ばれることを願ってやみません。そこで得られた経験や蓄積は必ずや学校法人の理事となっても充分に生かされるに違いありません。まさしく全校友の代表として学校法人理事としても相応しい実力を身につけているからです。そしてその責任の重さも充分に理解しているのです。来るべき新会長のご活躍を祈ります。

新しい校友会の制度的な一番大きな特色は、代議員制度の導入です。各部会・同窓会、全世界に点在する支部、一定の実績を持つ登録諸団体から一定の代議員が選出され定員総数250名以内の代議員総会を構成します。代議員の定年は75歳なので 社団法人時代のように誰でも参加できる総会は現在ではありません。校友なら誰でも集まれる全学校友参加型の懇親会のようなものが開かれることを希望する声は少なくありませんがこれは今後の課題でしょう。若い方々に現役の苦労を担って頂き、すべての校友が自由に昔話が出来る場があれば伝統の継承に役立つのではないでしょうか。校友会は現役の代議員だけのものではありません。新生校友会は未だやっと6年生です。既に20万人を遙かに超えている卒業生に加え、毎年幼稚園からも大学院からも大勢の卒業生がこれに加わります。全世界に羽ばたく校友の大きな力を感じざるをえません。校友会の役割は校友自身のため、母校のため、そして世界のためでもあると私は考えますが皆さんは如何お考えでしょうか。なすべき仕事は山ほどあると思います。新会長への期待がますます高まるのを覚えます

「建学の精神を守る会」のことに戻りましょう。新校友会はやっと6年生です。そして青山学院も危険な曲がり角から脱出したばかりです。「建学の精神を守る」ためにはすべての卒業生のみならず、青山学院をを愛するすべての人々、子弟を青山に進学させたいと願う潜在的な青山フアンの方々にも大きく開かれた連帯が必要です。これに加えて青山学院に奉職するすべての教職員の方々の協力があってはじめて青山学院は健全な歴史を創造し続けて行くことが出来るのだと考えます。こちらも課題満載ということでしょう。主の導きがなくてどうして先に進めるのでしょうか。以前のブログで今は「出エジプト」のとき、その後選民は40年の荒野のさすらいをした。その故事を繰り返さないために今こそ熱心な祈りが必要ではないか、と書きました。私はただの会長にすぎませんが重すぎる荷に立ちすくんでいます。

最後に皆さんにお願いがあります。「守る会」が更に健全で必要な働きが出来るようにより多くの皆さんのご意見や情報を是非お寄せ下さい。私たちの歩みも声も大変小さいですが、青山学院が健全な歩みを進めるために少しでもお役に立つことが出来れば幸いに存じます。