失われたものと、失われなかったもの

校友会は新会長に細田 治氏を選出しました。学校法人の理事・評議員にも就任しました

前回は校友の責任にふれ、校友会長が選ばれつつあると書きました。6月25日校友会代議員総会は圧倒的多数で新校友会長に元高等部同窓会長の細田 治氏を選出しました。そして7月14日法人理事会は細田氏を前例通り法人理事として受け入れました。定員19名の理事の一員として学校法人青山学院の大きな責任を担うことになります。非公式ではありますが、校友会が積極的に学院を支える意味で校友会長が理事に就任することはすでに取り決められていましたからいわば当然の就任なのですが、今回、私はこのことを格別なことと考えています。何故でしょうか。 
この一年間私たちは「建学の精神を守る」ために戦ってきました。明らかにそれは戦いだったのです。この「守る会」の発起人に学院の現職の人が一人もいないことにお気づきでしょうか。当時法人執行部にたてつく者は何らかの制裁を受ける危険が大きかったのです。多くの方々が何とか青山学院を正常化しようとして集まりましたが、代表者を選ぶ際にも犠牲者を出さないように一人一人お名前を外していった結果、名も無く、何の実力もなく、人畜無害な人間が一人だけ残ってしまいその人を会長と名付けたのです。恥ずかしながら私は会長として未だ生き残っています。人畜無害な人間でしたので私はツーショットの写真を撮られることもなく、街宣車が自宅に押しかけることもなく済みました。しかし既に何度も触れましたが山北院長はじめ多くの方々が何らかの脅威や恐怖を感じた一年だったのです。そしてこの一年、私たちは失われたものを必死で追い求めました。そして大きな奇蹟に立ち会うことになりました。二年もの間待ち望んでいた院長が与えられました。その直後独裁的な手腕を欲しいままにした前理事長の再選が拒否されました。教職員のみならず父母や児童まで巻き込んだ初等部の混乱もその秩序を回復しました。何度も書いてきましたが、真っ先に立ち上がった宣教師、宗教主任の先生方の後に大勢の校友、学校関係者が心を一つにして祈り求めてきたことが大きな恵みの奇蹟として実現したのです。

さて、新校友会長が学校法人の理事に就任したことが何故格別なことなのでしょうか。校友会・同窓会が一貫して法人組織の正常化を求めてきた動きについては以前にも触れたことがあります。昨年12月1日のブログで校友会が法人執行部と適切な関係を回復しつつあることを紹介しました。法人の理事会と評議員会には「校友枠」があり校友には発言の場が与えられています。しかし当時はその発言が何故か「抵抗勢力の発言」と思われていた節があります。にらまれたら最後、任期到来と同時に再選が拒否される例が多々ありました。いわば命がけの発言でした。たとえば「院長を早く選出すべきこと」「理事会のキリスト者コード(過半数はキリスト者であるべきこと)を守るべきこと。」は多くの評議員から繰り返し要望されていましたが、一年以上前にはこれらの発言は拒否され続けられたのです。細田氏も評議員としての経歴が長く常に真摯な発言を続けていたことを多くの人が認めていました。その発言も「抵抗勢力の発言」と思われていたらしく、この人を理事にしたら大変だとの声が密かにささやかれていることは水面下では皆さん先刻承知のことでした。案の定、理事就任は全員一致ではなく17名の有効投票中賛成14名反対3名という結果となりました。そのお名前は発表は出来ませんが多くの人が予測していたとおりの結果でした。その方々にお願いがあるとすれば、校友会の民主的な営みに対し公正な対応をして頂きたいこと、細田氏に対しては公正無私な接遇をして頂きたいことです。細田氏は校友会での熱心な実績が評価され新校友会長に選ばれたのです。その陰には校友会代議員の多くの方々の一致した応援がありました。又同氏は自ら立候補したのでなく、多くの人が推薦人となりこれを全力で支持した多数の校友がその背後にいることを忘れてはなりません。「無知が誤解や疑念を生む。誤解や疑念が不信や偏見を生む。そしてそれがあまりにもしばしば戦争を生んだ。」とはユネスコ憲章の前文ですが、ユネスコは平和の構築のためにまずお互いを良く知ろうと提唱しているのです。校友会がたった一人の人間をここまで一致して応援したことは私の記憶では未だかつて無かったことです。それも定款に則り非常に民主的なルールを守って行われたのです。校友の愛校心が様々な困難な状況の中で少しも失われずに、これほどの力を発揮できたことを心から嬉しく思います。

理事会の責務
細田氏は初めて法人の理事に就任するのですが、ここで理事会の責務について改めて確認しておくことも必要かと思い老婆心ながらご一緒に考えてみたいと思います。「建学の精神を守る会」の原点を記した「設立趣意書」にも明確に書かれていますが、「・・建学の精神は・・『青山学院の教育は、永久にキリスト教の信仰に基づいて行なわなければならない』(寄附行為第4条)にほかならず、この精神を堅持するために、院長を置くこと、院長及び理事の過半数はキリスト教信者であること、さらに評議員の過半数も原則としてキリスト教信者であることが定められています。したがって法人役員は、青山学院の創設者たちが置いた礎石の上に定められた学校法人の憲法ともいえる「寄附行為」を口先だけでなく、現実に遵守する中で、青山学院の教育、経営を行なう必要があります。」と書かれています。まさしくこの原点の上に理事会は忠実に教育、経営を行わなければなりません。法人理事は法人役員の中枢的責任者として青山学院の教育環境を整える立場にあります。私たちは理事会の動きについて、その詳細を知る立場にはありませんが、理事会はこの一年余の間、過去との決別のため、そして間違った路線の修復のために多くの力を使いました。そのため中長期のビジョンについて語る時間はあまり無かったのではないでしょうか。理事会に校友の願いが反映されやすい環境が生まれようとしている今、私たちはまず先輩の校友が築いてきた青山学院の姿をはっきりと思い起こしてみたいと思います。

失ったもの その一
「青山学院の教育は、永久にキリスト教の信仰に基づいて行なわなければならない。」この教育環境を実現するために、かつてこの青山キャンパスには「青山学院教会」がありました。私が中等部に入学したとき「近所にキリスト教の教会がない人は、日曜日には青山学院教会に行きなさい」と言われ、4年目の高等部一年の秋受洗しました。教会では先生も生徒も同じ方向を向いて座り、同じお祈りをし、同じように頭を垂れる経験は中学生にとっては新鮮な驚きでした。先人達は教育の原点としてこの教会を青山キャンパスのまさしく中心部に置いたのではないでしょうか。今でもこの礼拝堂は当時のまま、そしてオルガンも立派に修復され保存されています。これらを大事にして下さっている学校関係者には心から感謝したいと思います。しかしこの教会は緑岡教会と名前を変え1969年まで青山学院大学礼拝堂(当時)で礼拝を続けていましたが、同年メソジスト系の日本基督教団経堂教会と合同し経堂緑岡教会となりました。その後もしばらくの間、子どものための日曜学校は初等部の校舎を拝借して開かれていましたが、いよいよ閉鎖になる終了式にはなんと500名もの児童や父母が参加し別れを惜しみました。更に元教会員有志による集いが年に一度リユニオンとして開かれています。また現在同窓会活動のため平日に学校に集う顔ぶれの中で、日曜日にもあの礼拝堂で一緒に讃美歌を歌い一緒にお祈りをしたいと願う声があります。自然な願いだと思います。教会は伝道の拠点です。かつての教会員として、また一校友としても青山学院教会が本校のキャンパスの中に再出発することを願ってやみません。平日の学校礼拝と合せ日曜日の教会による伝道が行われることは主のお喜びになることだと考えます。
ただしかし、現在の日本基督教団の秩序ある伝道計画の中では一考を要する事情があります。青山学院創立の時代に宣教のために真っ先に「教会」と「学校」を作った頃とは時代も環境も異なり、現在の青山学院がその総力を挙げて「日本基督教団青山学院教会」を開始することは、近隣を含め東京圏全体のプロテスタント教会の宣教の秩序を大きく乱すことも考えられます。いわば一人身勝手な行動ともなりかねません。宗教法人上の「教会」として一般の方々にも広く伝道に励むことは当分の間は慎む必要があるかも知れません。しばらくは学内の方々に対する平日の礼拝の日曜版として礼拝堂を活用することや、朝祷会や夕拝を行う場所としての利用されることは如何でしょうか。あくまでも学内の方々の祈りを結集する場所として礼拝堂を活用されることは好ましく、又必要で可能なことかと考えます。又このように全体の宣教計画のために、一定の秩序の下に教会の地理的位置にも配慮することはカソリック教会でも行われているように聞き及んでいます。時間をかけて多くの内外の関係者の了解の元に計画が進められることを切望いたします。

失ったもの その二
又牧師を養成するためにはかつて大学に神学部がありました。後にキリスト教学科となりキリスト教に関する幅広い教育が行われました。この守る会に寄せられた声に、「自分はキリスト者ではないが母校に神学部が無くなったのは本当か」という便りがありました。キリスト教学科さえ廃止したとき、図書その他の教材を東京神学大学に寄贈しました。その後もかなりの寄金を続けていますが、そのことによって青山学院としては何も解決していないことは明らかです。神学部復活は長い間タブーでした。左翼的学生運動の拠点ではないかという濡れ衣が着せられ、大木院長の時代に廃部になりその後多くの痛みを残しました。東大安田講堂事件の当時、青山キャンパスにも高い鉄の塀がめぐらされた不幸な時代の名残の一つです。また経営的に成り立たないこともよく指摘されます。とくに一学級何人の生徒が採算分岐点なのかという発想しかない一部の理事の恫喝にあうと、立派な学者でさえも二の句が出ない状況が続いているのです。何故廃止のままなのか、本当に復活は無理なのか、大きな検討課題だと考えますが皆さんは如何お考えでしょうか。現実のこととして、青山学院大学でキリスト教に目覚め、いったん卒業後改めて東京神学大学に編入する学生さんもいらっしゃるのです。宗教主任の先生方の熱心な学内伝道の成果ですが青山での一貫した教育のもとでは更に充実したものになることでしょう。短期間で牧師の養成をするのでなく、幼少からの一貫した人格形成が可能な青山学院においてこそ、その真の力が発揮できるのではないでしょうか。勿論このような教育環境を実現するためには、教職員は勿論、園児・児童・生徒・学生・院生が日々礼拝を捧げ神の前に祈り求めることが大切で必要です。そして、そのような協力の上に主の祝福と導きが豊に与えられることを願ってやみません。ふたたび青山学院が宣教と教育の活力に満ちた学舎になることを祈ります。

その先の導きを願って
さてここまで、かつてあったもの、復旧、復興、復活を希望するものについて私見を述べさせて頂きました。これに加えて理事会が今後、中長期のビジョンとして真剣に討議すべきことは何でしょうか。青山学院はモットーとして「地の塩、世の光」である自覚をもった人間を育てる教育をしています。イエス様は「あなた方は、地の塩、世の光である。」と教えられました。「地の塩、世の光になれ」ではなく、既に「あなたは地の塩、世の光である。」と仰っています。この自覚の中で生まれ変わった人間こそ、いま世界中で起きていること、不信、破壊、略奪等々あってはならないことから離れ、秩序ある平和な世界を築くことが出来るのだと思います。130数年前、築地居留区に蒔かれた何粒かの種を神様が育てて下さった結果ようやくここまで来ました。復旧、復興、復活のその先に、これからも神様のみ栄えのため、日本のキリスト教教育のため、さらには世界に向けても必要な力が与えられることを願ってやみません。理事会が襟を正し、真になすべきことに、院長を支えつつ、一致協力した行動を進めて下さるよう心から願うものです。

青山学院としては、このほかにも失ったものや、失われなかったものがいろいろあると思います。引き続き今後も注意深く見守り、必要な提言を続けて参りたいと思います。だれにもわかりやすく、説得力のある校友会長が法人理事に加わったことで理事会全体も元気が出ることと強く期待しています。
山北院長が昨年7月1日に就任し第二年目を迎えました。「建学の精神を守る会」も第二の時期にさしかかっていることを感じます。「守る会」をお支え下さっている方々にあらためて心から感謝申し上げます。そして新たなる歩みが母校の健全な発展のために役立つようにこれからも引き続きお支え下さり祈りを共にして下さるようお願い申し上げます。