本多庸一先生召天100周年記念行事に参加して

「守る会」が休会宣言をしてまだ間もないのですが、このたび母校で「本多庸一先生召天100周年記念式典」が行われましたのでその概略と意義をお伝えする責任を感じ筆を執りました。

青山キャンパス大学17号館内にこのたび完成した「本多記念国際会議場」のお披露目もかねて519日に行われたこの記念会は青山学院の学内にとどまらず、広く日本のキリスト教学校、メソジストを含むキリスト教界全般に対する青山の姿勢を示したものと思いました。とくに「建学の精神」の再確認のためにも大変有意義な会であったと思います。当日のプログラムは末尾にありますのでご参照下さい。

 会議には本多先生のご遺族31名を始め、本多家ゆかりの弘前からも大勢の方々が参加されました。午前中は多磨霊園にある本多先生の墓前で墓前礼拝が行われ、午後に記念礼拝、基調講演、シンポジウム、本多庸一先生胸像除幕式と盛りだくさんで、夕刻からは場所を改めて記念感謝会もありました。本多庸一先生を偲んでこれだけ多くの方々が青山に参集したのは私の50年の記憶では初めてのことです。お集まりになった方々の期待も大きかったと思いますが、これを準備された方々の熱の入れようは礼拝が始まって直ぐにわかりました。

 式典開催の意義について山北宜久院長、礼拝説教は深町正信名誉院長、基調講演は気賀健生名誉教授、パネリストには深町、気賀両氏に加え酒井豊教育人間科学部部長、梅津裕美本多記念教会牧師、コーディネーターに嶋田順好学院宗教部長のそれぞれの方々が、本当に良く準備された資料をもとに持ち時間を越えて熱弁をふるわれました。当初私はその内容について片鱗であっても皆様にお伝えしたいと考えていましたが、幸いなことに詳細に亘る記録がこの秋刊行される『本多庸一』新版に付け加えられるとわかりましたのでそれに譲りたいと思います。

 この記念会は「建学の精神を守る会」にとってどのような意義を持つのでしょうか。 「守る会」は青山学院の教育からキリスト教をはずそうとする危険な動きを阻止するために生まれました。院長空白の2年の後、山北院長が迎えられこの7月で2年が経とうとしています。当初私たちの願いは「院長を選任すること」「理事会の構成が正しくあるべきこと」の二つでした。これらが少しずつ解決する度に本当の役割は何かということに皆さんの関心が深まっていったのだと私は理解しています。日本にキリスト教の種が蒔かれてから、宣教に、教育にいろいろな芽が伸びて今日があります。青山学院はその教育の芽がここまで育ってきたのに、とんでもない枯れ死をするところでした。歴史をたどって今日の己を知ることは大切です。山北院長は青山学院がその歴史すら大事にしていない現状に驚かれたご様子を伺ったことがあります。その後資料センターを大事にしたいという公式の発言もありました。気賀先生はその資料センターの大黒柱的存在です。父君重躬学長から二代に亘って青山何十年なのでしょうか。基調講演では時間切れとなったお話の一部始終をこの秋には改めて拝読できることを楽しみにしています。また、今秋に記念の一環として企画されている5回の特別公開講座(別掲)が楽しみです。

 本多先生のご生涯については前記『本多庸一』新版を待つことにしますが、津軽藩の名門の家に生まれ、横浜留学中にキリスト教に出会い、青森県会議員・議長までされながらアメリカ留学後先輩宣教師から東京英和学校を任され、後にこれを青山学院と命名され、青山学院のの第二代院長、日本人初の院長となられました。更にその後三派に分かれていたメソジスト派の宣教団体を合同させ、日本メソジスト教会設立と共に初代監督に選任され、まさしく政治、教育、伝道と三つの世界で大きな生涯をまっとうされました。明治という時代に生きた、大き過ぎてつかみきれない「大きい人」という言葉が何度も語られました。時代が変わっても本多先生から学ぶことは多いと思いました。

 「記念会」は青山学院の主催でしたが、共催者に更新伝道会(日本におけるメソジスト教会の伝統をくむ教会・牧師・信徒の集まり)、本多記念教会、弘前教会、()東奥義塾、()弘前学院、後援に弘前市、弘前市教育委員会が名を連ねました。これはいわば本多庸一先生を父とする兄弟姉妹でしょう。歴史を見るとき私たちは日本に蒔かれたキリスト教信仰の種の一粒一粒に兄弟姉妹としての繋がりを感じます。本多庸一先生を始めキリスト教信仰の種は多くの人によって蒔かれました。青山学院の歴史についてはその詳細が学院のホームページに紹介されていますので是非そちらをご覧下さい。(*1)ドーラ・E・スクーンメーカー 、ジュリアス・ソーパー 、ロバート・S・マクレイの各氏については写真も掲載されています。ジョン・F・ガウチャー氏が青山の地に3万坪の土地を私財で購入して下さったことも忘れてはならないでしょう。この際、日本全体のキリスト教教育全体の流れを学習しておくことも私たちにとって大切なことであると考えます。青山学院はキリスト教教育の世界でたまたま大きな存在となりました。大きいことと力があることとは自ずと違いますが、一半の役割、大げさに言えば責任も大きいと思います。母校がつまらぬことから脱皮しキリスト教教育全般について新しい視野が開かれつつあることを感じさせる「記念会」であったと思います。青山学院が院長に次いで理事長も変わり、ようやく信仰の歴史を顧みながら己の役割に目覚め始めていることを感じます。新しい歩みの上に上からの導きと祝福を信じて、祈りの和を更に広げて参りたいと思います。
*1http://www.aoyamagakuin.jp/history/introduction/history_01.html

式次第

                       総合司会 学院総局長 岸  實
13001400  記念礼拝               本多記念国際会議場
           司  式::嶋田 順好 学院宗教部長
           説  教::深町 正信 名誉院長
14001430  休  憩
14101425   本多庸一先生胸像除幕式     本多記念国際会議場ロビー
14301630  記念シンポジウム           本多記念国際会議場
     挨  拶:山北 宣久 青山学院院長
      基調講演:氣賀 健生 大学名誉教授
     パネルディスカッション
          パネリスト  深町 正信 名誉院長
                 氣賀 健生 大学名誉教授
                 酒井  豊 大学教育人間科学部長
                 梅津 裕美 日本基督教団本多記念教会牧師
          コーディネーター 嶋田 順好 学院宗教部長
17001830  記念感謝会                アイビーホール



(別掲)       こちらの行事にもご参加をお奨めします

【本多庸一先生召天100周年記念・青山学院大学特別公開講座】

Manを出さしめよ
一本多庸一の信仰と生涯一
受講料無料


  本多庸一は、青山学院第二代院長として、今日の青山学院の礎を築いたのみならず、故郷弘前では東奥義塾を再興し、弘前公会(後の弘前メソジスト教会・現日本基督教団弘前教会)、来徳女学校(現弘前学院)を創立しています。晩年にはメソジスト三派の合同を果し、日本メソジスト教会の初代監督に就任し、諸教会のために献身しました。その間、福音同盟会会長、日本基督教会同盟会長、三教会同キリスト教側代表などを歴任、草創期のキリスト教界の最も力あるリーダーの一人として大きな足跡を残しています。
 この講座では、本多庸一が、広く深く日本のキリスト教学校、キリスト教界に残した教育的・信仰的遺産を受けとめつつ、これからの私どもの課題について、共々に考察を深める時としたいと願っています。

 第1回 929()午後3時~430(初回のみ午後3時開会です)
   本多庸一の信仰と生涯    青山学院大学名誉教授 氣 賀 健 生
 第2回 106()午後110分~240
   日本メソジスト教会初代監督としての本多庸一
        学校法人クラーク学園理事長・青山学院名誉院長 深町正信
 第3回 1013()午後110分~240
   本多庸一の説教一キリストの僕となった士道の人一
       学院宗教部長・青山学院大学国際政治経済学部教授 嶋田順好
 第41020()午後110分~240
   本多庸一の教育論一明治国家とキリスト教一
              青山学院大学教育人間科学部助教 佐々木竜太
 第51027日土()午後110分~240
   本多庸一をめぐる人々一明治という時代一
              青山学院大学総合文化政策学部教授  梅津順

詳細は、6月上旬ごろ大学ホームページに掲載予定です。
http://www.aoyama.ac.jp/outline/effort/extension
〈お問い合わせ先〉大学庶務部庶務課公開講座担当TEL:03-3409-7955

理事長就任式に参列して

 皆様お元気でお過ごしでしょうか。「建学の精神を守る会」が発足して2年が経ちました。今年は始業式や入学式がつつがなく行われ、新学期が無事始まりました。どの式でも恵みに満ちた言葉が、いつもの青山学院らしい言葉で語られたことを喜ぶ声が聞こえてきます。桜の花がいつもより美しく、青空も輝くようです。
 新年度は42日、まず大学、大学院の入学式から始まりました。そしてその日の午後、新しく理事長に就任された安藤孝四郎氏の就任式が行われました。その式典に参列しましたのでご報告を申し上げます。式次第は末尾をご覧下さい。
つづき

希望

クリスマスおめでとうございます。

 今年のクリスマスは様々な方々とご一緒に迎えます。不幸な事件で徹底的に打ちのめされた方、その傍らには生まれたばかりの小さな命、イエス様がそのようなところに遣わされた救い主であることを改めて告白することは限りない喜びであり恵みです。今年は特に救いについて想いを深める年であるように思います。

 青山の中・高等部時代の友人の牧師が東北で大震災を経験しました。雑誌『信徒の友』12月号(日本キリスト教団出版局)に書かれた原稿の書き出しに「あの晩、空には満天の星が輝いていて、それは見事でしたよ」と書いてくれました。電気が消え、地上のものをすべて失って、失意の中に見上げた空に輝く星がありました。友人は「暗闇の世界を、神様は決してお見捨てにはなりませんでした」と続けています。つづき

失われたものと、失われなかったもの

校友会は新会長に細田 治氏を選出しました。学校法人の理事・評議員にも就任しました

前回は校友の責任にふれ、校友会長が選ばれつつあると書きました。6月25日校友会代議員総会は圧倒的多数で新校友会長に元高等部同窓会長の細田 治氏を選出しました。そして7月14日法人理事会は細田氏を前例通り法人理事として受け入れました。定員19名の理事の一員として学校法人青山学院の大きな責任を担うことになります。非公式ではありますが、校友会が積極的に学院を支える意味で校友会長が理事に就任することはすでに取り決められていましたからいわば当然の就任なのですが、今回、私はこのことを格別なことと考えています。何故でしょうか。 
つづき

建学の精神と校友の責任

皆様お久しぶりです。この「建学の精神を守る会」が発足してはや一年余、当初の目的は形式的には一応達成したのでこの辺りで解散しても良いかと、大勢の方々に伺ってまいりましたが皆さん異口同音に「これからが本番だ」とおしかりに近い言葉が返ってきます。東日本大震災のこともあり、学内の方々は多忙を極めています。そして何よりも山北院長はじめ良識ある理事の方々の奮闘で最大の危機は一応乗り切った状況にあります。勿論すべてが正常化したわけではありませんし希望や願いは山ほどあります。しかし「守る会」としては内政干渉は控えたいと思いますし、幸い「早くブログを」との声も少なく、それをいいことに少しご無沙汰が続きました。申し訳ありません。

この「守る会」が多くの声に支えられていることは折にふれ書いてまいりました。中でも校友、しかも何代にも亘る卒業生の愛校心にはどれほど励まされ支えられたことでしょうか。青山学院の特色の一つは、幼稚園だけ卒園した人も、初等部だけの人も、中等部だけの人も、そしてどの学部・学校を卒業された方も、それぞれ一人の校友として平等に尊重されていることです。そして母校に限りない愛着を感じ、ある者は後輩の指導に汗を流し、母校の行事には率先して協力する土壌があります。しかし、これらすべての校友が属する「青山学院校友会」のことになると意外に知られていないようです。そこで今回は「建学の精神を守る」ためにも校友会の役割がいかに大切であるかを確認しておきたいと思います。

青山学院の校友会の特色を考えるときこれを支える同窓会の存在を無視できません。私自身は高等部同窓会にかかわっていましたので、恐縮ですが高等部同窓会のことからお話ししたいと思います。
つづき